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水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)388号 判決 1977年1月26日

原告

大和田末栄

ほか二名

被告

小林良

主文

一  被告は

原告大和田末栄に対し、金四四六万七、六〇九円および内金四二六万七、六〇九円に対する昭和四九年一一月一七日より、

原告大和田和子、同大和田弘に対し各金三九二万七、六〇九円ずつおよび各内金三七二万七、六〇九円に対する前同日より、

各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告大和田末栄に対し金一、三七三万七、六〇七円および内金一、三五三万七、六〇七円に対する本訴状送達の日の翌日より、原告大和田和子、同大和田弘に対し各金一、二八三万七、六〇七円ずつおよび各内金一、二六三万七、六〇七円に対する前同日より各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  訴外亡大和田一生運転の自動二輪車(以下被害車という)は昭和四九年一月五日午後一時四五分ごろ茨城県東茨城郡美野里町大字江戸三七三番地先道路上で訴外小林勝夫の運転する被告所有の乗用自動車(茨五五も五三七一)(以上被告車という)と衝突し、亡一生は同日午後八時二〇分ごろ全身打撲症により死亡した。

二  被告は被告車の運行供用者であるから自賠法三条により本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  葬祭費用

原告末栄が金四〇万円を支出した。

2  逸失利益

(一)  亡一生は本件事故当時四八歳の男子で水稲、まゆ、豚、しいたけ等を生産する農業に従事しており、本件事故に遭わなかつたならばなお二六・六五年生存し六七歳までの一九年間農業に従事することができ、その間年収金四三八万五、四九二円(茨城農林水産統計年報昭和四七年分)を得られたはずであるから、これより生活費を収入額の三割と認めて控除した利益金からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の逸失利益を算出すれば、金四〇二六万四、〇七三円となる。

(二)  原告末栄は亡一生の妻であり、原告和子、同弘は亡一生の子であるから、亡一生の死亡による相続により各自三分の一ずつの相続分に応ずる金一、三四二万一、三五七円ずつを承継取得した。

3  慰謝料

原告末栄につき金三〇〇万円、その余の原告らにつき各金二五〇万円ずつ。

4  弁護士費用

原告らは被告が本件事故によつて生じた損害を任意に賠償しないので、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴提起を委任し、着手金各金五万円ずつを支払つたほか成功報酬として判決時に各金二〇万円ずつ支払うことを約した。

5  損害の填補

原告らはそれぞれ自賠責保険金三三三万三、七〇〇円ずつの給付を受けた。

四  よつて、被告に対し、原告末栄は金一、三七三万七、六〇七円および内金一、三五三万七、六〇七円(弁護士費用中成功報酬を控除した金額)に対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告らは各金一、二八三万七、六〇七円ずつおよび各内金一、二六三万七、六〇七円(弁護士費用中成功報酬を控除した金額)に対する前同日より各完済まで前同様の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告の抗弁事実は否認する。被告車は左折するため停止していた被害車に衝突したもので、本件事故は訴外小林勝夫がセンターラインをオーバーし、前方を注視しなかつた過失によつて発生したものであると述べた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求め、答弁として、

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中被告が被告車の運行供用者であることは認める。

三  同三の事実中1ないし4は不知。たゞし、亡一生が本件事故当時四八歳の男子で、水稲、まゆ、豚、しいたけ等を生産する農業に従事していたことは認める。なお、慰謝料の額は争う。

右農業は亡一生のみによつてなされていたものではなく、その両親および原告らの協力によつてなされていたものであるから、その農業所得も亡一生のみに帰すべきではなく、同人の所得はその寄与分に応じた分に限定せらるべきものである。

また、農業所得である以上、その必要経費および資本による収益分はその所得より控除せらるべきものである。

5の損害の填補は認める。

四  同四の主張は争う。

と述べ、抗弁として、

本件事故現場は被告車の進行して来た県道(以下甲道路という)に被害車の進行して来た道路(以下乙道路という)がほぼ十字形に交差する信号機のない交差点であるところ、亡一生が被害車を運転して乙道路を被告車進行方向からみて右方向より進行して来て甲道路に進入し、右交差点を左折するに際し、一時停止の標識により一時停止すべき義務があるのにかかわらず、これを怠り、左折のハンドル操作ができない程の速度で進入して直進したため、折柄甲道路を直進中の被告車の直前に飛び込んで来た。そのため被告車は急ブレーキをかけ、ハンドルを左に操作して接触を回避せんとしたが、余りにも直前に飛び込んで来られたため回避できず、被告車右側前部ライト付近と被害車前部とが接触し、接触後両車とも左斜前方の畑へ転落した。

前記状況の下に本件事故が発生したものであるから本件事故発生につき亡一生にも過失がある。即ち、亡一生が被害車を運転して交差点に進入するに際し、スピード違反、徐行義務違反、左右安全確認義務違反の重大な過失があり、この過失は損害額の算定にあたり斟酌せらるべきである。

と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一  請求原因一の事実および被告が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、被告の過失相殺の抗弁について検討するに成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一ないし一五、第四ないし第六号証、甲第一〇号証の一一、原告ら主張の如き写真であることにつき争いのない甲第一〇号証の一ないし一〇原告大和田弘の本人尋問の結果によつて成立の真正を認める甲第一一号証、第一二号証の一ないし一二、証人宮本栄、同小林勝夫、同大和田喜代治(一部)の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、亡一生は被害車を運転し羽鳥方面から堅倉方面に向つて幅員約四・二メートルの乙道路を進行し本件事故現場である交通整理の行われていない交差点の前方にさしかかつたが、同交差点の手前には一時停止の標識があつたにもかかわらず、一時停止することなくそのまま進行を続け、左方の甲道路(幅員約六・二メートル)方面に十分注意することなく交差点に進入し、左折しようとしたことが推認され、他方訴外小林勝夫は被告車を運転し岩間方面から竹原方面へ向つて甲道路の中央付近を時速約六〇キロメートルで進行し本件交差点の手前にさしかかつたが、当時は太陽が右斜前方にあつてまぶしく、被告車からは前方および右方が見え難い状況にあつたのみならず、交差点の右向う角には建物(鈴木建具店)があるため乙道路が日陰となり日陰部分を通過する人車の存在を容易に認め難い状況にあつたのであるから、右小林としては一層前方および左右を注視し、適宜速度を調節しながら、徐行する等の措置をとるべき義務があるのに、これを怠り、わずかに時速約五〇キロメートルに減速したのみでそのまま進行したため右方の乙道路から進行して来た被害車に気付かず、同乗者に声をかけられてはじめて被害車を発見し急制動するとともに左に転把したが間に合わず、交差点に進入して来た被害車に衝突したことが認められるところであり、証人大和田喜代治の証言中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる適確な証拠はない。

右認定事実によれば、前記小林は前方左右を十分に注視し、さらに徐行等をなすべき義務があるのにこれを怠つた過失の存することはもちろんであるけれども、一方亡一生においても一時停止義務および左方注視義務違反の過失があつたものと言わざるを得ないところ、その過失割合は亡一生につき四、右小林につき六と定めるのが相当である。

三  損害

1  葬祭費用

原告大和田末栄の本人尋問の結果によれば、同原告は亡一生の葬儀を執行し、その費用を支出したことが認められるところ、損害として請求しうる葬祭費用の額としては金四〇万円をもつて相当とする。

2  逸失利益

亡一生は本件事故当時四八歳の男子で、水稲、まゆ、豚、しいたけ等を生産する農業に従事していたことは当事者間に争いがないから、もしも本件事故に遭わなかつたならば、なお二六・六五年生存し(昭和四八年簡易生命表による)、六七歳までの一九年間は農業に従事することができたであろうことは十分に推認せられるところである。

そこで、亡一生の逸失利益算定の基礎となる収益の額について検討するに、成立に争いのない甲第四号証(友部町長作成の所得証明書)には、亡一生の昭和四八年度分農業所得額が金二六六万三、一八六円である旨の記載が存するけれども、原告大和田末栄の本人尋問の結果によれば、右所得額は亡一生の真実の所得額を下廻るものであることが窺われ、また、一般に自由営業者の所得の申告は真実の所得額を下廻つてなされることが少なくないことは経験則上これを認めざるを得ないところであるから、右所得額をもつて亡一生の真実の所得額であつて、動かし難いものとすることはできない。

ところで、成立に争いのない甲第五号証と原告大和田末栄、同大和田弘の各本人尋問の結果によれば、亡一生は茨城県における標準以上の農業を営む中流農家であるが、家族が病弱であり、または進学しあるいは勤務に出ていたため、農繁期に他人を雇うことがあるほかは殆んど亡一生が独りでその農業に従事していたことが認められるから、同人の農業収益を算定するにあたつては他に信用するに足りる特段の証拠の存しない限り、茨城県における農業に関する統計資料を利用することができるものと解されるところ、本件においては亡一生の逸失利益の算定の基礎となる具体的な農業収益を立証するに足りる適確な証拠が存しないから、右統計資料をもつて農業収益を算定することとする。

成立に争いのない甲第九号証の一ないし五(茨城農林統計協会刊行の茨城農林水産統計年報昭和四七~四八年)によれば、茨城県における昭和四七年度の水田一〇アール当りの所得は金四万八、二九二円であり、前出甲第五号証によれば亡一生の昭和四八年度における耕作水田面積は一万二三〇平方メートルであることが認められるから、同人が水稲により得べき収益を年間金四九万四、〇二七円(円未満切捨。以下同じ)と認めるのが相当である。

前出甲第九号証の一ないし五によれば、茨城県における昭和四七年度の桑園一〇アール当り上まゆ九八・一キログラムが生産され、上まゆ一キログラム当りの所得は金七一七円であり、前出甲第五号証と原告大和田末栄の本人尋問の結果によれば、亡一生は昭和四八年度においてその二万四、五五四平方メートルの畑を殆んど桑園としていたことが認められるから、同人のまゆにより得べき収益を年間一七二万七、〇七一円と認めるのが相当である。

つぎに、豚による収益について考えるに、原告大和田末栄の本人尋問の結果によつて成立の真正を認める甲第六、第七号証(いずれも証明書)には亡一生は昭和四七年度において肉豚一五三頭(売上高金四六三万八、五七〇円)、昭和四八年度には肉豚一七二頭(売上高金六二二万六、四〇〇円)と売上高金一二七万六、二七〇円相当の豚(頭数不明)を販売した旨の記載が存するけれども、昭和四七年度と昭和四八年度との売上高の差が甚だしいことの理由が不明であり、また肉豚の場合価格の変動が激しいことは右原告本人尋問の結果によつて明らかであり、さらに亡一生が肥育に多大の労力を要する養豚業を現状のまゝいつまで継続することができるか疑問なしとしないのみならず、その必要経費等を認めうる適確な具体的証拠も存しないから、前記売上高をもとに長期に亘る豚による収益の逸失利益額を算定することには甚だ無理があるものというべきである。そこで、豚による収益についても前記統計資料を利用することとするが、前出甲第九号証の一ないし五によれば、茨城県における昭和四七年度の一戸当りの肥育豚の販売頭数は九八・三頭、肥育豚一頭の重量は九〇・六キログラムであり、一〇〇キログラムの販売価額二万八、七四二円の所得は金八、〇七五円であることが認められるから、亡一生の養豚により得べかり収益の額が金七一万九、一五七円となることは計数上明らかである。

最後に、しいたけ等の収益について考察するに、原告大和田末栄の本人尋問の結果とこれによつて成立の真正を認める甲第八号証の一ないし三七によれば、昭和四八年中におけるしいたけ等の収益は金六万一、一五五円であることが認められる。

しかして、前記認定の各収益が亡一生の前記就労可能期間中に得べかりし収益を越えるものと認めうべき証拠も存しないから、右各収益をもつて亡一生の将来の逸失利益額算定の基礎とすることは相当であるといわなければならない。そこで、亡一生の年間収益を前記収益額合計金三〇〇万一、四一〇円、生活費をその三割とし、これを基準としてホフマン式計算法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除して就労可能年数一九年間の逸失利益の現価を算出すれば(係数一三・一一六)、金二、七五五万六、五四五円となる。しかして、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告末栄は亡一生の妻、その余の原告らはいずれも亡一生の子であることが認められるから、各自三分の一ずつの相続分に従い、金九一八万五、五一五円ずつを承継取得したこととなる。

3  慰謝料

本件に顕われた諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて蒙つた原告らの精神的苦痛を慰謝するには、原告末栄につき金三〇〇万円、その余の原告らにつき金二五〇万円ずつが相当である。

4  原告らの損害額

以上の次第で、原告末栄の損害額は金一、二五八万五、五一五円、その余の原告らの損害額は各金一、一六八万五、五一五円となるところ、亡一生には前記過失があるから、これを斟酌すれば、原告末栄の損害額は金七五五万一、三〇九円、その余の原告らの損害額は各金七〇一万一、三〇九円となる。

5  損害の填補

原告らがそれぞれ自賠責保険金三三三万三、七〇〇円ずつの給付を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記各損害額から控除すれば、残損害額は原告末栄につき金四二一万七、六〇九円、その余の原告らにつき各金三六七万七、六〇九円ずつとなる。

6  弁護士費用

諸般の事情を考慮し、損害として請求しうべき弁護士費用の額は原告ら主張の如く原告らにつきそれぞれ着手金五万円ずつ、成功報酬金二〇万円ずつをもつて相当と認める。

7  それ故、結局損害額は原告末栄につき金四四六万七、六〇九円、その余の原告らにつき各金三九二万七、六〇九円となる。

四  以上の次第で、被告は原告末栄に対し金四四六万七、六〇九円および内金四二六万七、六〇九円(成功報酬を控除した金額)に対する本訴状送還の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四九年一一月一七日より、その余の原告らに対し各金三九二万七、六〇九円ずつおよび各内金三七二万七、六〇九円ずつに対する前同日より各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田昭雄)

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